身体が自由に動かせない家内と自宅に一緒にいて「腹が立つこと」「むかつくこと」は現在のところ、以下の5点です。夫婦は同時に身体が悪くなったり、同時に死んだりすることは出来ません。下記の5点はすべての夫婦が体験する「むかつき5箇条」です。良く心得ておいて下さい(苦笑)。
1) 寝ても覚めてもベッドの中に(=寝室に)いるために、リビングにいながらも「お父さ―ん、お父さーん」と呼び声がかすかに聞こえるときがある。これが腹が立つ。リビングにいるときはまだいいが、キッチンで食事の準備をしているときには「腹が立つ」を超えて「むかつく」。だから聞こえないふりをするようにしている。絶対に遠い呼びかけには応えない。本当に私が必要なら這ってでも出てくるだろう、と思っていてちょうどだ。
そもそも、私が“そのとき”自宅にいるというのは偶然でしょ。ベッドの中で(寝室で)何が起ころうと私には関係がない。いつもなら自分自身で黙ってやることを私がいることによってことさらに私を呼ぼうとする。私に関係あることなら、私はそのとき邪魔をされたくないのだから、無視する権利は私の方にある。
だから何度も呼ばれ続けるときは、「お父さんは、今、いませーん」と言うようにしている。
※そもそも息子も自立して巣立っているのに「お父さん」はないだろう。私は家内の「お父さん」ではない。
2) 食卓に用意した食事を出すまではいい。自分で作った料理を出すのだから忘れることはない。ところが、お箸、コップ類、取り皿、お茶ポット、ソースや醤油などの食事のためのオプションを出し忘れることがある。
ダイニングから移動して「さあ食べよう」と思って座った途端に、「お父さん、ご飯」「お父さん、お茶」「お父さんお箸がない」なんて(座ったままの家内に)叫ばれる場合がある。
これが腹が立つ。しかも「もう何も忘れ物ない?」とダイニングから声をかけつつ移動して座った途端に、「いけない、お箸がない!」なんて言われたときには、殴ってやろうか、とむかつく。全勢力をかけて作った食事の全ての労力以上に、たった一つのコップを取りに行くことの方が負担に思えてくる。
ダイニングで料理を作るときには、着座をゴールに描いて作業をしている。食卓テーブルに自分の作った料理が並び、食事を終えるまでのゆったりとした時間のイメージを最終ゴールに描くからこそ、バックヤードのダイニングで「料理を作る」ことができる。
それが座った途端に、「いけない、お箸がない!」とは何事か。しかも確認したじゃないか。それくらいは私に協力しろよ。動けなくても出来る仕事でしょ。
家内は、食事をするときにだけは自力でダイニングまで出てくるが、最近は(私のプレッシャーを感じて)無理をしてキッチンに立ち寄り、箸だけは自分で準備するように「努力」している。だからと言って、忘れ物がなくなるわけでもない。
3) 滅多にないことだが、自宅内ですれ違うとき。これは気を使う。歩いているというよりは、倒れそうになりながら伝い歩きをしているだけだから、ちょっと触れただけでも倒れてしまう。足の感覚がほとんどないから、倒れたときは骨折を覚悟しなければならない。足がどちらに曲がるかわからないからだ。
しかし、そもそもが歩くのが遅い。異様に遅い。亀より遅い。そのため、「すれ違う」というよりは障害物が存在しているのと同じ。特に廊下では最悪な状態になる。家内自身が避ける(よける)という「高度な」行動が出来ないため、私自身が気を使わねばならない。「元気」と愛想良く声をかけがてら手を肩にやるだけでも「やめてー!」と叫んでいる。風が吹いても倒れる程度の歩行感覚なわけだ。
息子であっても大きくなるに連れて私は邪魔に感じていた。特に廊下で出会う息子は170センチを超えた高校1年あたりから邪魔で邪魔で、自室から出てきただけでも鬱陶しい存在だった。廊下で「出会う」だけでも「なんだお前」とけんか腰ですれ違っていたくらいだ。その時にはわざと相撲取りのようにぶつかるつもりですれ違っていた。実際ぶつかっていた。
そのクセが私にはまだ残っている。息子のようには歩けない家内とすれ違うときにもぶつかりたくなる。スピードが遅い分、余計にぶつかりたくなる。タックルしたくなるくらいだ。でもそれができない。非常に辛い。
4) 私の家内は脊髄がやられているために体温感覚が狂っている。寒いか熱いか自分であまりわからない。低気圧の移動には人一倍敏感だが、体温制御が自立的に出来ない。実際からだが冷えているのに気付かない(場合がある)。血流が悪くなるから放っておくと大変なことになる。逆に熱くもないのに急に背中一面に汗が吹き出ることもある。寒いのにラーメンではなくて冷麺を食べたがるときがある。
これは一つ屋根の下で暮らすときにはとんでもないことになる。私がエアコンや扇風機を付けよう、窓を開けようというタイミングと家内のそのタイミングが合わない。
それでなくても私は夏が弱い。家内は寒さに弱い。これだけでも「対立」しているのに、体温感覚が狂っている家内と同じ室内環境では生きられないわけだ。できるだけ遠くにいるしかない。喧嘩をしている猫同士という感じか。だから「お父さーん」と遠くから呼び出されるのかもしれない。
5) ステロイドで太りやすい体質になっていることとほとんど寝たきり状態で余計に太りやすい体質になっていること、またそのために食欲が進まないこともあって、小食になりがち。その割に、お腹がすくと血流が悪くなり、身体のしびれが強くなったりすることもあって、「お腹がすいた」と急に寝室からふらりふらりと出てくる。私が呼んでも出てこないが、食事の(お腹がすいた)時は放っておいても食卓に出てくる。「お腹すいたの?」「そう」とか言って恥ずかしそうに笑っている。働きもしないで食事だけするのも確かに気が引けることだろう。
そこまではいい。しかしそう思って美味しい食事を作っても、ご飯半分、おかず4分一くらいしか食べない。すぐにお腹がいっぱいになって食べられないようだ。
これがまた面白くない。大概私が作ったものを残す。許せない。残さないように少なめに盛っていても残す。それ以上、少なくすると私がいじめているとしか思えない分量になる。それはさすがに私にとって心理的に良くない。私だけが食卓でがつがつ食っているように見えるではないか。
要するに分量としては一人分の調理といった感じだ。作る気が起こらない。
それにそんな小食な人と食事を共にしても何も楽しくはない。しかも顔を見るとステロイドのムーンフェイスになっているために食べそうな顔をしているのに、食べないから余計に腹が立つ。しかももうちょっと入れておこう、とわざわざ自分が食べたい分を我慢して入れた肉一切れを残すのだから余計に腹が立つ。むかつく。
以上5点が身体障害者との暮らしで「腹が立つこと」「むかつくこと」です。慣れれば何とかなりそうですが、しかし完全に慣れることはないでしょう。慣れるとしたら、私自身が呆ける時でしかありません。身障者に「腹が立つこと」「むかつくこと」は私が元気である証です。私が元気を無くしたら、一体、家内は誰に世話を見てもらうのでしょうか(オバマ調の反語で読んでください)。元気だからこそタックルもしたくなるのです。お互いが我慢するしかありません。
なお、家内は今日7日。一ヶ月ぶりの免疫グロブリン治療+定期検診です。免疫グロブリンは効いているような気がしますが、1ヶ月も持たないようです。せめて3週間くらいに一回は必要な気がすると言っています。現在は主治医の先生と相談しながら、リツキサン治療の出来る病院を探しています。
※なお、私の家内は「一種」「身体障害者」「2級」です。
(Version 2.0)
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