家内の入院は、6月の中旬以来、まだ続いているが(http://www.ashida.info/blog/2006/06/post_153.html#more)、この約2ヶ月の闘病で少しはわかったことがある。

4月の再発以来(http://www.ashida.info/blog/2006/04/post_137.html)、3年間続いた経口ステロイドを止めて、ベータフェロンのみの治療に専念したが、5月17日の退院以来、自宅で生活できる状態ではなく、返って衰弱するばかり。一ヶ月して再入院となって今の入院が続いているが、この(6月の)再入院は、二つのことを意味している。

一つは、経口ステロイドがベータフェロンの副作用を抑制していたかもしれないということ(ステロイドには消炎作用がある)。ステロイドを止めたことによってベータフェロンの悪いところばかりが表立ってしまった。ベータフェロンは(家内の場合)、①微熱が続き ②からだがだるくなり ③足に強い張りが出てしまい“自然な”体調が維持できない。

二つめには、ベータフェロンは家内には効かないということ。現在のところ、多発性硬化症において唯一「効果がある」とされているベータフェロンは家内には効かない。ベータフェロン治療にのみ専心して1ヶ月で再発というのは、経口ステロイド(経口ステロイドには効果の実証的な「エビデンスがない」とされている)の3年間の服用の中でも最短の再発であり、その意味でベータフェロンは家内には効かないのではないか。

結局、家内には経口ステロイドもベータフェロンも効かないというのが、この3年間の闘病の結論ということか(もっとも、これらの投薬があったからこそ、3年間歩くことができたとも言えるが)。

そこで、医師団は、血液吸着法(http://www.jyouka.com/text/ss11/adso.htm)という、これまた効果の「エビデンスがない」という治療法を今回の入院で提案してきた。血液透析のようなものだが、免疫機能を狂わせている血液中の成分を化学的に吸着して血液を浄化するというもの。日本の長崎医療センター(http://www.hosp.go.jp/~nagasaki/)の医師が始めた治療らしいが、まだ全面的には保険対象の治療ではない。

これを家内は6月下旬にワンクール:三日間(一日2時間から4時間、カテーテルをももの内側から差し込んで行う)続けて行った。この治療の前後から、家内はステロイドもベータフェロンも止めていた。ステロイドを止めて3ヶ月、ベータフェロンを止めて2ヶ月経っている。ここ数年の服用(と自己注射)からすれば、考えられないことだ。

しかし、これで調子がかなりよくなったらしい。

そこで、唯一、効果があるとされている「ベータフェロン」を再開したのが体調が良くなった7月の上旬(医師たちはやはり効果があるとされているベータフェロンを勧めたがる)。一回、自己注射を再開したが、やはり急激に体調が悪くなり、即中止。これで5月中旬の退院から6月の再入院の犯人はベータフェロンだということが(半分は)実証された。ベータフェロンは家内には効かない(家内の些細な経験ではベータフェロンは脳内に病巣のある多発性硬化症の患者に効いているらしい。家内のような脊髄型では効き目は薄いと言う)。

かと言って、血液吸着法が効くとも言えないが体調はよくなりつつある。しかしこの病気は、体調とあまり関係がない。体調がよいと再発しない、というわけではない。元気な若い女の子達が何度も(突然の)再発をくり返している。

これまで体調を崩してきた“原因”がステロイドとベータフェロンだと言い切ることもできない。ステロイドとベータフェロンなしには、今頃寝たきりになっていたとも言えるからだ(政治的な核抑止論と似ている)。何が原因で何が結果かがわからないところが「難病」たるゆえん。結局「やれることはなんでもやりましょう」(医師たち)ということになる。

私はかつて医師たちの一人に「何もしないとどうなるのですか?」と聞いたことがあるが、「危険でしょうね」と答えた後、「でもそんなことしたこと(放置したこと)ないですからね」とも言っていた。

現在の家内は、“治療薬”としては何も投与していない。その状態が現在まででいちばん快適というのも不思議なことだ。医師たちは、不安そうに「芦田さん、大丈夫ですか」などと毎回様子を見に来てくれる。たぶん、専門の医師から見ると、この“健康”状態は単なる偶然でしかないのだろう。

総回診の岩田教授も「君はいつも不死鳥のようによみがえるね」と言って(励まして)下さるらしいが、私は家内からそう聞いたときに、「不死鳥じゃないとよみがえらないというのも大変だね」と返しておいた。

リハビリのおかげで、両足が上がるようになり、手すりがあれば歩けるようになってきた。手すり歩行の次は杖歩行だ。杖歩行ができるようになれば、自宅で生活できるようになる。

吸着治療は通常三ヶ月に一回の間隔で行うが、これで再発すると(この吸着治療に効果がないとなると)、後は血漿交換法(http://www.nagahama.jrc.or.jp/section/touseki/PE.htm)、免疫グロブリン治療(http://www.ketsukyo.or.jp/yougo/ka/kanzenn.html)、あるいは免疫抑制剤(http://homepage2.nifty.com/KOGEN/Kyoto/kiso/meneki.htm)と続いていく。どれもこれもまともな“治療”ではない。危険性と裏表の治療だからだ。極端に言えば、再発する前に別の病気(たとえばガン)で死んでしまう、というような“治療”でしかない。私ならばこんな場合、何を選ぶのか。

〈選択〉というのは、近代的な自由の代名詞のようなものだが、それは実は不幸の代名詞でもある。幸せな人に〈選択〉など到来しない。

中国からの帰国孤児やボスニア・ヘルツェゴビナの難民たちが母国を〈選択〉しなければならない。あるいは歌舞伎町の女たちが源氏名を〈選択〉しなければならないというのは、ガン患者や難病患者の投薬の選択に近いものがある。

〈選択〉は〈自己〉や〈内面〉への洞察(=ある種の宗教的な洞察)を強化するが、そんな観念的な強化と集中が人を幸せにするはずがない。不幸は宗教の起源であるが、それは不幸の起源が宗教であることを忘れている。〈表面〉を生きること、風がそよぐように(紅葉の葉がわずかに自然に揺らぐように)生きることが必要なのだ。どんな場合でも。健康であっても、病気であっても。

(Version 7.0)

にほんブログ村 教育ブログへ
※このブログの今現在のブログランキングを知りたい方は上記「教育ブログ」アイコンをクリック、開いて「専門学校教育」を選択していただければ今現在のランキングがわかります。