家内がまたまた今日入院してしまいました。自律神経までもがやられて、よく眠れず体力が落ちているところでまた再発。健康的な治療とも言える血漿交換法(http://www.asahi-kasei.co.jp/medical/ketsuekijokaho/kessho_top.html) も2ヶ月足らずで破綻。効果はなかったということでしょうか。
先月の退院が11日でしたから、一ヶ月持たなかった。まるで蓼科(http://www.ashida.info/blog/2006/08/post_162.html#more)に行くために退院したようなものです。いつも夏から秋へかけての9月に再発を起こしています。というよりも、そんなこといつでも何でも言えるかのように(まるで下手な占い師のように)再発をくり返しています。
今回の再発がいつもと違うのは、今回ばかりはトイレにも行けずに、私が背負っていったということ。とんでもないことだ(家内が太っていて重かったら、トゥワーと叫んで一本背負いで投げだしているところだ)。
トイレに背負っていくということは、“パンツ”まで脱がさなくてはならないということ。自分の女房のパンツを“脱がす”なんてことは初夜の時ぐらいでしょう。思わず思い出してしまいましたが、深沢七郎『楢山節考』の姥捨て山(http://book.shinchosha.co.jp/cgi-bin/webfind3.cfm?ISBN=113601-7)の一シーンも浮かんで思わず苦笑してしまいました。何でこうなるのやら。お互い中学一年の時に同級生として出会ったのですが、誰がこんな風景を想像したでしょうか。同窓会でも開いてパワーポイントでプレゼンやりたいくらいだ。
それよりも今回のこの体験で気づいたことは、歩けない(=足が動かない)ということは、トイレで腰を上げることもできないということ、だから、パンツも自分では脱げない(=戻せない)ということ。そもそも人間が座るということは、足があるからであって、足がなければ安定的に座ることさえ出来ない(わがインテリア科http://www.tera-house.ac.jp/course/construction/interior.htmlの諸君、よくよくこのことを考えるように)。足が動かない状態で腰を上げるなんてことはサーカスをしろというようなもの。
その上、トイレで、このパンツを脱ぐ、戻すの動作を他人の私が介助するのは至難の業。背負ったままでは移動は出来てもトイレで用をたすことは出来ない。これが“新”発見。これは突然のことでしたから、戸惑うこと、戸惑うこと。介護士はこれ、どうやっているのでしょうか。知りたくなった。
私が家内を背負うという単調な動作では、パンツは脱げない=戻せない。パンツを戻すには手が必要だからだ。背負った家内の手は私の顔の前に着ているのだから、どうしようもない。もっとわたしが背中を丸めて背負い、手を私の前に回さずにフリーにするしかないか、と思って背中を丸めたが、それでは不安定なことこの上ない。家内は悲鳴を上げだした。かといって私が手を回してパンツを上げるほど私の身体は柔軟ではない。
そこで背負ったまま(5秒くらい沈思し)私が考え出したのは、家内をそのままベッドまで背負っていって、プロレスラーのようにベッドに投げ捨てること。横になれば、パンツぐらいは自分ではける。「おしりが(移動する間)丸出しになるじゃない」と非難されたが(息子がこの会話を聞いて笑っていた)、もうこうなれば、パンツもおしりも、芸能人やモデルのように“公共化”されているも同然(何と誰も共有したくない公共性であることか)。出ても出てなくても一緒だ。
※ちなみに今(5日の22:50)、パルス(ステロイドのパルス)が「やっと終わった」とメールがありました。例のパンツも自分で上げ下ろしが出来るようになったらしい。まさか看護婦さんが家内をプロレスラーのようにベッドに投げつけられるわけでもないし、院内をおしり丸出しで移動するわけにも行くまい。“公共性”にも限界がある。やはり急性期にはパルスがよく効く。パルスさえ効かない患者は地獄だ。メールの最後には「頑張るからね」といつものように書いてあったが、私の家内もこの病気によくもまあ飽きないものだ。
私と息子は、人間が身体的に弱っていくということがどういうことかをここ数年、まるで早回しビデオのように勉強させてもらっている。家内の場合には足が動かなくなっていくという、まさに人間の老衰の普遍過程のような経過を辿っているからなおのことだ。一体、私の老後は誰が背負うのだろうか。
血漿交換法が効かないということになれば、あとは、免疫抑制剤(http://homepage2.nifty.com/KOGEN/Kyoto/kiso/meneki.htm)を使わざるを得ない。イムラン(http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se39/se3999005.html)とかエンドキサン(http://www.okusuri110.com/dwm/sen/sen42/sen4211002.html)などがある。どれもこれも対応病名や副作用の中身を知り始めると使いたくない“薬”ばかりだ。
免疫抑制剤治療というのは、免疫機能全体を衰えさせて免疫の自己攻撃を防ぐという単純な治療だ。単純であるが故に効果的でもあるが、別の病気があちこちに発症する危険がつきまとう。こうなるとどの病気になるかを選択することが“治療”の別名になる。
要するに昔であればとっくに死んでいるのに、薬のおかげで無理矢理生きているような“治療”が現代医療だ。健康ゾーンと病気ゾーンが大きく重なっているのが、最近の“生きる”ことだ。
それはしかし生きることそのものを露呈させていると言っても良い。死の影が生きることであって、生きることの影が死ぬことではないからだ。だから現代医学は人間の生死の本質を露呈させていると言ってもよい。そもそも“生きる”ということは偏っていること、傾斜していることなのである。
最近では免疫抑制剤の使用は色々な病気の治療でかなり日常化しているようだが(多発性硬化症もこの病気が“発見”された初期のころ、免疫抑制剤ばかりを投与していたらしい)、それでもベータフェロン(http://www.ms-gateway.jp/resources/treatingms/betaferon/betaferon.jsp)以上に一般的には悪質な副作用(代表的には発ガン)がある。
女子医大の主治医の今日の話でも、彼の治療で免疫抑制剤まで“治療”が進むのは、10人に一人くらいらしい。彼はこの病院の中でも、たくさんのこの病気の患者を看ている先生の一人だから、そう考えると、家内の多発性硬化症は重症だ。多発性硬化症の免疫抑制剤治療の最前線は(その彼によれば)東北大らしいが、再発がぴたっと止まる実績もたくさんあるとのこと(こんなことを治療法の転換の度に書いているが、もうそろそろ飽きてきた)。ただし免疫抑制剤にも色々と種類が多い。イムランなどは、飲んで五日間で服用を止めた(吐き気がおそって肝臓に副作用が出た)などという報告がすぐ見つかる。
家内に合う抑制剤を探すこと自体がまた大変だ。いいかげんな担当医だと、「色々と試してみましょう」と言うだけだろう。今日は女子医大当初からの彼(大橋先生)に東北大の症例(発ガンの症例など)を探して欲しいと頼んでおいた。この多発性硬化症の専門医にしても10人に一人の担当実績だから、適切な処方は難しいのかもしれない。今回の病棟の担当医(女医)は「症例を探して欲しい」と頼んだら、そばにいた大橋先生に「それは大橋先生にお願いしましょう」なんて早々と投げていた。勉強のチャンスだのに、なんてことを、と私は思ったが、先生にも色々な人がいる。それ自体が勉強だった。
(Version 2.0)
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